KUMON 隼人駅前公文式教室 鹿児島県霧島市 【幼児からの英才教育】 | 日記 | 父親の役割とは


2012/12/10
父親の役割とは


1 子育て成功の鍵が親父力
「自分が幸せになることで、成功を引き寄せることができる。
幸せになるには、徳育で原理原則を学び実践しなければならない。」
という天の法則(天理)を、様々な事例を紐解きながら紹介させて頂きました。
では、親が、子育てに成功するにはどうすればよいのでしょうか?
今回から、親の教育力という視点から、考察して参りたいと存じます。

洪自誠(こうじせい)が著した中国古典の菜根譚(さいこんたん)に次の一説があります。

「福はもとむべからず、喜神を養いてもって福を召くの本となさんのみ。禍は避くべからず、殺機は去りてもって禍に遠ざかるの方となさんのみ。」

幸福をむりに引き寄せることはできない。喜びの心を育て、自分の周囲を和気あいあいとすることが、幸福をまねく道である。
禍(わざわい)から身をさけることはできないし、避けるべきではない。人を傷つけるような心を捨てて、禍を招く原因を取り除くよりほかに方法はない。

正に、「喜神」を養うとは、人間学、哲学や宗教等の徳育により、他人の評価に左右されることのない、揺るぎない真実の生き方に目覚め、これを日々実践し続けることなのだと思います。
「自分に降りかかる禍は避けてはならない。」と教えていますが、これは、禍を真っ向から受けて立つことで、殺機(醜く曇った心)が浄化されて清らかになります。
因果応報の教えでは、様々な禍によって引き起こされる悲しみや苦しみは、業(カルマ:自分が過去に犯した過ちや不条理な行い)によって生じるため、逃げずに甘んじて受けることで、これらをご破算して初期化できるといいます。
艱難辛苦は、幸福を引き寄せるための準備なのかもしれません。
我欲に縛られ人を貶(おとし)める醜い心こそが禍や不幸を引き寄せると教えています。
我欲を捨て、敢えて、苦労を求め、心を美しく清らかな状態に保つことで初めて、幸運の女神が自己の心に鎮座できるのかもしれません。
然れば、子育てで成功するためには、親自身が真実の生き方に目覚めて、愛と感謝と笑顔で満たされた幸福な生活を送っていることが大変重要であることを示唆していると思います。

親の生き方そのものが、子育ての成否を握っているということになります。
先般の「親学」でも紹介させて頂きましたが、学校がどうのこうのではなく、地域社会や教育行政がどうのこうのではなく、まして、子供がどうのこうのではなく、親自身そのものの生き方が問われているのです。親自身がどのような考え方や信念をもって生きているかが問われているのだと思います。
特に、家庭の大黒柱たる父親が、天に恥じない不動の信念を持っていることがとても重要です。私達の指導経験からも、公文学習に父親が積極的に関与されるようになると、お子様が劇的に変わって参ります。 今回は、ロンドンオリンピックの男子体操金メダリストの内村航平選手の父親の生き様を紹介させて頂きながら、あるべき父親像を探って参りたいと存じます。

2 親の教育力
精神科医で、自己心理学の創設者であるユダヤ人ハインツ・コフー(1913~1981)は、現代最高の精神分析家と云われています。
その中でも、彼が提唱した親の教育力の3要素は、子供の健全なる自己愛を育み自主自立できる人間に育てるために必要不可欠であることが様々な教育現場で実証されてきました。
その3要素とは、
① 理想化対象
力強くて、頼もしく、尊敬できて、万能イメージや安心感を子供が共有できる相手
② 鏡対象
優しくて、寛容で、子供の野心や万能感等に反応し、それらを承認してくれる(褒めてくれる)相手
③ 双子対象
褒めてくれたり尊敬する対象ではなく「同じ人間なんだなぁ」と親近感が湧く相手

一般的な家庭では、「理想化」は父親風、「鏡」は母親風、「双子」は兄弟風と云えますが、親がこの三つ役割を果たせば、子供の自己がしっかり確立しバランスのとれた健全な子育てができると主張しています。

3 金メダリスト内村航平選手の父親
前人未踏の世界体操・個人総合3連覇を果たし、ロンドン五輪体操男子個人総合で金メダルを獲得した内村航平選手(23才)は、どのように育てられてきたのでしょうか。
彼の父親の生き様を、ハインツ・コフーの教育力三要素の「理想化対象」から分析すると、父親の果たすべき役割が見えてきます。テレビや新聞・雑誌等で一般公開された情報を要約すると以下の通りです。
(1) 不動の信念と実行力
内村選手の父・和久さんは 日体大体操競技部出身の元体操選手で、柳川商(現在・柳川高)時代はインターハイの種目別のゆかと跳馬で優勝しています。いつか太平洋を渡って、世界に通用するような人間になってほしい”という願いを込めて“航平”と名付けたそうです。
内村選手が3才のとき、一家は周子さんの故郷である長崎県諫早市に移り住み、かつて体操選手だったご夫婦は体操教室を開設します。
当初は、生徒が集まらず、生活に困窮し、かなり厳しい環境の中での教室運営だったと和久さんは振り返っています。しかし、背水の陣を敷いて臨んだことであり、経済的に苦しくても精神的には充実していて信念がぐらつくことはなかったそうです。
「お金がなかったので、船舶用コンテナを4つ並べて、床にコンクリートを敷いて体育館兼自宅を作ったんです。最初の頃は、カラオケボックスと間違えられたこともありました。上はテントのような素材のシートを丸く、かまぼこみたいにして屋根にしました。住居も一緒でしたから、かなり狭かったですよね。夜は練習器具を片付けて、そこに布団を敷いて寝てました。最初は生徒もいなくて、私がうどん店でバイトをして家計を支えながらやってました。コンテナの家は、夏は暑いし、冬は寒い。配水管にはキノコは生えてくるし、湿気が多いから、ねずみやムカデとかの虫が大量に発生する。本当に環境は最悪でした…。そのせいで航平はアトピーがひどくなって、一時は眉毛がなくなったこともあったんですよ。」と父の和久さんは述懐しておられます。

  海運用の中古コンテナは、40ft(16畳)であれば、1個30万円前後です。これを、ブロック等の上に4つ並べておいて、その隙間を雨漏りがしないようにコーテイングしていたと思われます。全て鉄製ですので、夏は、直射日光で卵焼きができるぐらい熱くなりますし、冬は、氷のように冷たくなります。なので、天井にブルーシートのようなもので覆っておられたと推測いたします。改造費や輸送費を含めても、恐らく300万程の建築費用だったのではないでしょうか。

一般的には、マイホームとは、家長としての居城であり、終の棲家になりえるものですから、家族にとって悲願の目標です。テレビドラマに出てくるようなi赤や黄色の美しい花々に囲まれたオシャレで快適な家を思い浮かべます。そして、素敵な服を着て、スマートな車に乗り、優雅にお食事したり、旅行したり...とイメージするのではないでしょうか。
しかし、内村家のマイホームは、そうした世間一般の既成概念とは全く違うものです。ある夢を実現するための、ある志を達成するための手段にすぎなかったのです。
 特に、子供達が美しい体操ができるようにと家そのものを体操室にしたのですから、というか、体操室におまけで自宅を付け足した感じなのでしょうか、なにしろ、朝、目が覚めると目の前に鉄棒があり、マットの匂いがするわけですから。
これ以上の体操環境って普通では考えられません。
内村家のマイホームはツールですから、「頑丈・安全」が必須要件であり、その他のことは優先順位が低かったのでしょうか、とてもオシャレや快適さからは程遠い、奇妙な体操部屋兼住まいだったのです。
世間の目も不可解な視線で見ていたのかもしれません。
夫婦とも教職の資格を持ち安定したサラリーマン生活をなげうってまで、敢えて、不安定で不確実な道を選択する勇気は、なかなか常人ではできないものです。
それだけ、輝く夢があり、高い志があり、熱く滾(たぎ)る思いが尋常ではなかったのです。
自ら、艱難辛苦を求めながらも、家族は何がなんでも守りきるといった親父の覚悟と不撓不屈の精神が感じられます。だからこそ、妻も子供達も何の不安もなく頼もしい父親を信じてついていけたのでしょうし、世間の目を意に介さず、明るく伸びやかな生活を送ることができたものと思われます。
正に、冒頭で紹介させて頂いた菜根譚の「禍は避くべからず」を地で行く親父の生き方なのです。
とにもかくにも、そんな父の力強い不動の信念の下で、貧しくとも笑いの絶えない一家団欒のなかで、何の不安もなく、兄妹仲良く明るく育っていきます。 幼い頃から、父や母の美しい体操演技を見て育ち、自分もお父さんやお母さんのようになりたいと憧れました。夕食が終わればトランポリンで宙返り、鉄棒にぶら下がっていたそうです。体操は、家族のコミュニケーションツールであり、遊びそのものでした。

(2) 決断力
内村選手が小学6年になる2000年の春、和久さんは、空中感覚を養うためには大きなトランポリンが必要と判断し、苦しい家計を切り詰めてやっとの思いで貯めた100万円を支出することを決断します。
弾みやすい床のようになっていて跳躍や回転運動ができる細長いトランポリンは、今では世界中の体操選手が練習で使用しますが、当時は日本に数台しかなかったそうです。
男子体操の監督・コーチ陣は、「航平のあの空中感覚は、世界で群を抜いている。ジュニア時代から、あの器具で練習していたのは大きい。父親の子育ての信念がしっかりしていないと、なかなかあんな決断はできるものではない。」と勝因を語っています。
ローンの支払いが家計を苦しめる中で、お金をどのように運用するのかは切実な問題です。
その人のお金の使い方をみれば、その家の考え方が見えてくるものです。
「生きたお金の使い方とは?」
内村家の答えは「教育への投資」だったのです。

4 桃李(とうり)言わざれども下(した)自(おの)ずから蹊(けい)を成す

桃や李(すもも)は何も言わないが、花の美しさと美味な果実に惹かれて多くの人が集まってくるから、木の下には自然と道ができる。徳望のある人のところには、自(みずか)ら求めなくても、その徳を慕て人が自然と集まって来る...幸せを携えて。

2011年11月、東日本大震災の半年後、復興に役立ててもらおうと、母周子さんが、諫早市役所を訪れ、内村選手の義援金約400万円とチャリティーイベントの収益金約140万円を市に託され、日本赤十字を通して被災地に送られたそうです。
諫早市とは、人口14万人の少子高齢化が進む地方の小都市です。体操教室の運営は決して楽なはずではないと推察いたしますが、そうした中にあって、航平選手の知名度や人気度を善用して義援金を募り寄付しておられます。母周子さんもバレーを演技されたとか…こうした決断と実行力は、内村家大黒柱たる親父の高い志と利他的な信念から生じたものと思われます。
正に、「この父親ありて、この子あり」と納得した次第です。
人は、一人では生きられない。
人とぶつかれば不幸になる。
人が喜ぶことをすれば周りに人が集まってくる。
喜神を養うとは、こういうことなのかしらと、内村家の生きかたをみてそう思いました。
大愛に支えられた美しく明るく清らかな家庭にこそ、桃李が実り、勝利の女神がほほ笑むのですね。
自分が好調な時は、困った人を支えてあげ、自分が困ったときは人に支えて頂く、そんな支えあえる社会ってとても素敵だと思います。


蛇足ですが、母周子さんが航平選手の右脳を発達させるため、胎児・幼児の頃から、読み聞かせ、ジグソーパズル、数字遊び、フラッシュカードならぬフラシュ絵本等を使って、徹底した胎児・幼児期の英才教育を施していますが、このことが、金メダリストのイメージトレーニング(新技を行う前に、体の細部の動きを、3次元の明確な映像として脳が認識できた)に大きく貢献したことが知られています。 そして、現在、この幼児期の右脳トレーニングが、内村体操教室でカリキュラム化されているそうです。

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